コーヒー缶殺人実験

分からない現象を把握するためあることを試す。人はそれを『実験』という。



金属片の弾け飛ぶ音がする。
――それは自動販売機で手に入るコーヒー缶に他ならなかった。

近くに倒れこんだ男性と気を失った少女。
ジャージ姿の男の手にはサバイバルナイフ。少女を脅してこの場所まで連れ込んできていたのだった。
学生服に身を包んだ少女は上着は剥がされ服は乱れた状態だ。辺りは人影のない雑木林。この男は一体こんな場所で少女に何をしようとしていたのか?
真相は連れ込んだ男にしか分からない。だが、それを問いただすことはもはやできない。
それもそのはず男の体は超高速で飛ばされた缶によって見るも無残な肉片に姿を変えていたからだ。

「満足した? 猟奇殺人者サマ?」
「実験に残虐性はつきものだ。空力特性までは解析可能だが念のためもう少しデータのサンプルが欲しいところだ。それにこの力には不確定部分が多すぎる」

腕につけた計測器を眺めながらため息をつく男。高速で飛ばされた缶はこの男によるものだ。
命中した空き缶は内側から爆発したかのように変形し、破片をまき散らしていた。
空き缶の中身が漏れ出して、赤色の液体と混ざり合っていた。

「あらご不満? 不確定な要素を係数としてまとめる手法は現代科学の常套手段よ?」

白衣を着用した研究者風の女性。スラリと伸びる長い足に起伏に富んだ抜群のスタイル、そして髪にウェーブがかかった長い髪。さらに顔立ちの整った彼女は男性を魅了するすべてを兼ね備えていた。

「マクロレベルで扱うだけなら私達は十分すぎるほどの能力だと思うのだけれど……」
「その係数の解析する任務を負わされる身になってみろ。『実験』サンプルの確保にどれだけ神経を使うか……」
「だから犯罪者で試してるんじゃない……」

彼女は興味がないと言わんばかりに手に持っていたカメラで男だった肉片の形状を一つ一つ撮影していった。肉片を目の前にしてもその動作にためらいはなく手慣れた様子で作業を進めている。
『実験』とは世間一般で言う殺人というやつである。だが、男たちはそれを気にするような素振りはない。
彼らにとって、死んだ人間は実験サンプルでしかないのである。

「でも少しは少女を救うことで心が晴れたのではないかしら?」

少女を救うなんてとんでもない。少女は自分を脅した男の肉片を顔に浴び、悲鳴とともに崩れ落ちたのだ。彼女の心は深い傷を負ったに違いなかった。
どちらにしろ少女の未来は変わらなかったのではないかと男はそう思うのだ。

「少女については事後経過を見るとしよう。実験は終了だ。後は処理班に任せるか」



「本日、午後九時頃○○地区の公園で男性の遺体が発見され……」

定食屋のテレビから昼のニュースが流れていた。
店の中は賑やかでテレビの音がかき消されているのではあるが、それを気にする客は誰もいない。
相変わらずテレビではアナウンサーが淡々とした語り口で物騒な事件の概要を伝えていた。
客の一人である短髪の男が割り箸で定食の煮魚をつつきながら呟く。

「またっスか? 最近こういう悪趣味の事件多いっスね? 兄貴?」
「……」
「どしたっスか? 餃子食わねぇなら俺がいただきま……って痛っ! あ、兄貴痛いから!」

足を蹴られうずくまる短髪の男をよそに、兄貴と呼ばれた男は目を細めじっとテレビ画面を見つめていた。
テレビを睨みつけるようにして眺めているのはいつもと変わらない。だが、どこか調子がおかしいことに短髪の男は気がついていた。
……相変わらず無口なのは変わりなしっスか。あ~でもアレだ。どうも機嫌が悪いみたいっスね。
短髪の男はひとまず定食の煮魚を片付けることにした。大男からの返事は依然としてない。

「ホントどうしたんスか、兄貴? 顔メッチャ怖いっスよ?」
「……アレだ」

男は鋭い眼光とともに歯を食いしばり席を立った。
短髪の男は身震いした。筋肉質の体の大男である、立ち上がるだけで迫力があるのだが今日はそれにも増して怖い。
短髪の男はその迫力に押され、いつからかその男を兄貴と呼ぶようになっていたのである。

「私はアレを狩りに行く。お前も来い……」
「え? 何? 今流行の某携帯ゲームっすか? って、ちょっと兄貴どこ行くんスか! おっちゃんコレお代! 釣りはいらねぇから! 今日も美味かったっス!」

短髪の男が紙幣を机に残し店を出る。二人の男は雑踏の中へと消えていった。

実験と称し奇怪な殺人を繰り返す二人組。
悲劇に巻き込まれた少女。
事件を追う男たち。

各々の思惑が交錯し、人混みに紛れてゆく。
彼らが何を思い、どのように行動するのか。
――その結末は誰も知らない。

END


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