8年後の「中二病でも恋がしたい!」

エピソード6 聖調理人のレゾンデートル 「十花お姉さま……私の大好きな六花さんの料理音痴を救ってください」


拝啓 十花お姉さま

前略

十花お姉さま、お久しぶりです。富樫夢葉です。
欧州の気候はいかかがでしょうか?
日本ではそろそろ夏だというのに梅雨が明けなくて正直うんざりしています。
この手紙を書いているこの時も部屋の外は雨が降り続いています。
梅雨がない欧州が羨ましいです。

以前私が欧州をめぐりたいと言っていたのを覚えていますか?

まずは英国にて術の基礎を学び、北欧にてキリル文字を習得。
ドイツ、フランスへ南下して歴史的建造物を調査。そして最後にイタリア。
最大宗派の総本山を見てから、お姉さまの元に向かう計画を立てています。

残念ながらお小遣いがまだまだ足りないので、今度、親に欧州旅行をけしかける予定です。上手くいったらまたお知らせします。

すいません、十花お姉さまに伝えたいことがまとまらず、とりとめがなくなってしまいましたね。
さて、ここからが本題なのですが、十花お姉さまに一つお願いがあります。
……

あるとき十花のもとに一通のエアメールが届いた。
文面を最後まで読んで思わず口元に笑みが浮かんでいるのが分かった。

「あの子ももう小学生か。大きくなったな……」

懐かしい想いと一種の驚きを感じていた。他人の子の成長は目を見張るほど早いとはこのことだ。
中には便箋と数枚の写真が入っている。写真を眺めると中には六花が写っているものがある。
送り主は富樫夢葉。私が日本を離れた時にはまだ3歳だったはずだ。

さて、頼まれては仕方がない。お姉さんが一肌脱ぐとしましょうか。
扉を開けた欧州の空は今日も晴れていた。



今回の帰郷に対してきっかけとなったのは夢葉の手紙であったが、十花自身一抹の不安があったことは事実なのだ。
日本へ向かう飛行機の中で手紙をもう一度見なおしていた。

十花お姉さまに一つお願いがあります。
私のお兄ちゃんのことです。

ご存知のことだとは思いますが、お兄ちゃんが六花さんと結婚することになりましたね。
見ているだけで私まで幸せになってしまいそうな二人なんですが、それでも私には気になることがあるんです。
以前……バレンタインデーの時に私とお姉ちゃんと六花さんの三人でチョコを手作りすることになったときのことです。

六花さんはチョコを湯煎することを知らなかったようなのです。
他にもいろいろありましたが……詳しいことは六花さんの名誉のためにもここに記すのは控えたいと思います。
それにしても印象に残る出来事だったのは事実です。結局はうちのお姉ちゃんが場を収拾して事なきを得たのですが、その時感じた不安が頭から離れないのです。

そこで料理人として、そして六花さんの実のお姉さんでもある、私の尊敬する十花お姉さまにお願いがあります。
十花お姉さま……私の大好きな六花さんの料理音痴を救ってください。
少しの間だけでもいいので、日本に帰ってきてもらえませんか?

追伸 ご来日の際にはぜひ私のレゾンデートルについて指南をお願いします。

便箋の文章はこの一文で締められていた。

「レゾンデートル……ああ、存在意義のことか」

響きを日本語で理解しようとして一瞬思考を鈍らせてしまったが、フランス語だと思い至った。私が彼女の存在意義について指南するほどの人物かと言われれば疑わしいものだが、今この瞬間の小鳥遊十花の存在意義はすでに決まっている。

……そう。妹の六花の料理下手を克服すること! だ。



「……というわけなので、今日はお前に料理を披露してもらうからそのつもりでな!」
「あぅ、いきなり帰ってくると思ったら……急に特訓と言われても……」
「仕事を長期で休んで帰ってきているんだからな。私の事情も勘案してもらわねばならん」

急な申し込みにも関わらず長期の休暇をもらえたのは幸いだった。
料理人とはいえ、修行中の身。本来ならば許されない願いであることは承知していた。
私の申請に難色を示していたレストランオーナーの意見を跳ね除けたのは意外にも普段厳しい料理長だった。
家庭の事情は地中海よりも深い、そのことが気がかりでレストランの料理に影響しては困る……気にせずに行ってこい。とは料理長の言葉だ。
調理長の鶴の一声ですんなりと長期休暇の許可が下りた十花は日本へと帰り六花の料理特訓を行うことにしたのである。
今はちょうど、そのことを六花に伝えたところである。

「学生時代には勇太にお弁当を作っていた……問題ない」
「愛は偉大だな……」

私は素直な感想を述べることにした。
妹よ……私は風のうわさで知っているぞ。彼は無理して食べて一時期胃腸薬が手放せなかったそうじゃないか……

「お姉ちゃんもそう思う? フフフ」
「――ああ、幸せで何よりだ」

素直に喜んでいるらしい。皮肉が伝わらないとは……。

「……あ! でも勇太は反対すると思う……私……勇太を裏切ることはできない」

いま、「あ!」と言っただろう?
今思いついたようなことを口にするな……六花。

それに私がその程度の言い訳を想定していないとでも? その辺りの用意は抜かりないぞ……

「ここに寄る前に彼に挨拶しに行ったのでな、ついでにこのことを伝えたら『……それは本当ですか!? ぜひ! よろしくお願いしますっ!』と頭を下げられたぞ? ちなみに証拠だ」

私はボイスレコーダーの音声を六花に聴かせる。
録音していることを彼に伝え忘れていたが仕方がないな……。

それに彼はこんなに嬉しそうに話しているんだ。よほど嬉しいんだろうな。こんな声を聞いては、六花も逃げられまい!

「……勇太のバカ」

逃げ道を失った六花は拗ねた様子で若干だが目に悲しさを秘めていた。

「ま、彼には六花の料理を食べてもらうことになるんだ。下手な料理作って婚約解消されてもしらないぞ?」
「……頑張る」

まったく……現金な妹だ。



六花と私は台所に場所を移した。
テーブルには食材と調理器具を出してある。それはまるで調理実習か、テレビ番組の料理対決のようだ。
今回の料理特訓のために私は食材を幅広く買い込んでおいたのだ。これならばひと通りの料理は作れるだろう。

「さて、まずは実力を知りたいからな……六花、料理のレパートリーはどれくらい持っている?」
「……バーニング・アイ・ボール!」
「目玉焼きか?」
「そうとも言う」

物言いに対しツッコミを入れるのはこの際おいておいて、レパートリーを聞いてまず初めに卵料理を挙げるとは……
もしかして初心者か? これは夢葉の手紙にあった通り覚悟しておく必要があるかもしれない。

「ま、今日のところは基本お前の作業を脇で見るだけにするから。得意な料理でいい……何か適当なものを作ってくれ」
「……了解した」

六花は食材に手を伸ばし食材を選び出した。
その顔は真剣そのもの。それもそのはず……この結果しだいでは最悪の場合、婚約解消もあるかもしれない。
六花……食材は鮮度が命。じっくりと見極めることは食材理解への近道だ……ってオイ!
彼女は目を閉じ、手をかざして食材を選ぼうとしているではないか!

「六花……何をしている……食材はよく見て選べ」
「なるほど、食材の発する魔力だけでは不十分。邪王真眼の力を用いて食材を見極めればいいのか……フム」

理解したのかどうかは不明だが、彼女は野菜を見極めはじめた。
私があらかじめ見繕ったものであるからここに並んでいるものに外れはないのであるが、六花がスーパーで買い物する際の目利きに役立てばそれはそれでいい。

「……赤い果実」

六花はある野菜の前で考え込んだ。料理にでも使うのか彼女はそれを手に取るとなぜか方向転換し、ゴミ箱の方へ……

「お前……そのトマトどうする気だ?」
「ぴっ……間違って材料に紛れてしまっていた……ので、冷蔵庫に戻してくる」

行き先がゴミ箱から冷蔵庫に方向修正されトマトは無事に冷蔵庫の野菜室に格納された。
基本自由に料理を作らせる方針だが、大きく道を外れた際の方向修正は忘れない。



「まずは野菜を切る……みじん切りに!」

場を仕切りなおして六花が手にしているのはキャベツ。
どうやらキャベツをみじん切りにする料理らしい。
今日のメニューはお好み焼きか何かなのだろうか?
関西……広島風とそこまで思考が巡ったところで、六花の様子が気にかかる。

キャベツをまな板に置いた六花は包丁を手に取る。まだ外の葉がついたままだ。
……って、包丁! 持ち方っ!!
包丁を両手でつかむ六花。その切っ先はキャベツに向かって突きつけられる。

「やぁー!」
「待て! 待て! 六花!!」

力ない掛け声とともに包丁の切っ先はキャベツを捉え、必死の制止もむなしくキャベツに包丁が突き刺さる。垂直に突き刺さった刃先は硬いキャベツの芯に阻まれ、まな板に突き刺さることはなかった。
だが、六花の渾身の一撃をその身で受けたキャベツには深々と包丁が突き刺さっている。

「私の一撃を阻むとは……コイツ、できる!」

食材としての使命を果たすため、まな板の上にのったはずのキャベツ。
役割を果たすところが、サスペンス・ドラマの血塗られた被害者……いや、見るも無残なキャベツがそこに鎮座していた。

さて、深呼吸。
悪いが料理は一時中断だ。

「六花……包丁を置いてそこになおりなさい」

自分でも驚くほど低い声がでた。尋常でない声色を聞いた六花も何事かと、握った包丁を置こうとするが、いかんせんキャベツに突き刺さったまま抜けない。
仕方なくキャベツに突き刺さったまま包丁から手を離し、直立不動で背筋を伸ばした。

いくら初心者とはいえ、やっていいことと悪いことがある。
こういう悪い扱いが癖になっては料理する上で困る。



「あうっ……」

妹の不始末に対して料理人を代表し、デコピンの制裁を加えておいた。
道具を正しく使えないならたとえ料理ができても料理人とは言えない。

「お姉ちゃんひどいよ」
「怪我せずに済んだだけでも幸運と思え。包丁の使い方すらなってないとは! 今日は包丁は使用禁止だ!」

おでこをさする六花。前髪が心なしか垂れ下がる。
キャベツは……仕方ない。私が処理するか……

「六花、見てろ。見るのも練習のうちだ」

包丁を静かに抜き、外の葉を捨てて半分に切る。キャベツに刺さった包丁を丁寧に抜き取るのは少々骨がいる作業だったが、その後の工程は手慣れたものだ。
とりあえずキャベツを4分割にして(芯を抜いておく)ボウルに入れておく。
見た目はスーパーで売っているカット野菜そのものだ。

「その剣戟……できる!」

目を輝かせる六花。
褒められるのは悪い気がしないが、まぁ、私……料理人なのでな。

「包丁の扱いから料理の力量は……だいたい分かった。それにしても私が海外に出てから普段の料理はどうしていたんだ」
「勇太の家にお呼ばれしたり……勇太と一緒にご飯作ったりしてた」

あの青年とその家族に世話になりっぱなしだったというわけか……。
夢葉が危機感を抱くのは分かる気がした。

「過ぎたことをどうこう言うつもりはないから、話を戻すが……何を作ろうとしていた? やりかけというのも気分が悪いだろう。どうせなら最後までやってみろ。だが、包丁は使用禁止だ。必要なら私が下ごしらえをするから」
「人間は水分の摂取が必要不可欠。なのでまずは元気の出るドリンクを調合しようとしていた。まずは6つの星座の加護を受けた野菜をみじん切りにしてミキサーにかける。今回は刃物は使えないのでちぎって中へ。ひと通り入れ終えたらスイッチを入れる!」

六花はひと通り用意していた野菜を細かくちぎる。
先ほど処理したキャベツ、ほうれん草、その他野菜を思いのままにミキサーに入れてゆく。

「術式――起動!」

六花が掛け声を上げてスイッチを入れると高い唸りを上げてミキサーが回転を始める。 野菜が荒いので時間がかかるかとおもったが、家にあるのはスムージー専用のものだったので難なく野菜を細かくすりおろしてゆく。

「調合完了――後は仕上げ。そのままでは苦いのでりんごジュースと割って飲む。ベストの割合はこう!」

六花が目分量でグラスにミキサーの中身とりんごジュースを注ぐ。
確かにグラスに注ぐのは手馴れている。

「自信の逸品。……召し上がれ♪」
「では……」

味見をしてみると、なめらかな口当たり。りんごの甘さだけではない、野菜独自の甘みが口のなかに広がる。
だが、野菜ジュースを料理のレパートリーに加えていいものか?

「美味しいけど、今日私が想定していた料理とはだいぶ違うぞ……」
「栄養がそこそことれて味も悪くないから朝飯を抜くくらいならそれを作って飲んでおけと勇太が……。朝食の定番」

朝食の定番になるほど朝食を野菜ジュースで済ませていた事実に残念……いや、むしろ朝食をしっかりと取らせていた彼に感謝の念を抱かずにはいられないと複雑な心境だった。だが、この野菜ジュースの味は間違いない。完成しつつある味に一定の努力を注いだことは間違いないので十花は納得することにした。

「……ご飯とかは?」
「問題ない。お米も炊く!」

さすがに、ホッとした。下手したら新婚富樫家はこれから毎日野菜ジュースになってしまうのでは無いかと思ってしまったのだ。

「――ああ、悪い。少しばかり心配だったのでな。もう時間も少ない。六花、主食をなんとかしよう。麺なら鍋で水を沸かす、米なら炊飯器にかける……パン……は、今回は作らないだろうからこの際、置いておこう」
「了解した。今度こそ抜かりはない」

さすがに大丈夫だろうな?
お願いだから米を洗剤で洗うとかはしてくれるなよ……
さすがに二度もデコピンをお見舞いしたくはない。

「炊飯術式展開! 魔力コード認証グリーン! ……カンペキ! 勇太に教わったかいがあった」

よかった……さすがに、炊飯器の扱いは大丈夫だったようだ。
米を研ぐ仕草すらなかったが、家にあったのは無洗米だ。問題はない……と思う。

「後は汁物とおかずだが……、ん?」

炊飯器のランプの点灯に違和感を感じた。まさか……。

「六花……あんた今、予約ボタン押したわよ。炊きあがりは……明日の7時ね」
「ぴっ! も、……問題ないっ! ……これは明日の朝食用。明日の朝起きたらホカホカのご飯が食べられる……それに、今日はパスタにする予定だった!」

あくまでしらを切るつもりか……

「パスタ? ソースは何にするの? あ、ソースはさっきのトマトをペーストにして……」
「それはダメ! それにメニューは決まっている! ……ペペロニアバニステ!」
「……ペペロンチーノ?」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないけどね……」
「も……も、問題ない!」

強い口調で即答する六花。
ああ、もう不安しかない。



「……で、これのどこが問題無いと?」

基本、六花に任せた。
どうしようもなく違う方向に突っ走りそうになる六花を方向修正しながらなんとか出来上がった。
……のではあるが。これは

「あぅ……イカスミパスタ?」

正確には具材のイカも炭になったパスタである。六花よ……誰がオリーブオイルでフランベをしろと言った!?
火柱が上がったのにはさすがに焦ったが、そもそもオリーブオイルでそんな炎が上がるものなのだろうか。少なくとも仕事で幾度となく料理をしているがこんな場面に遭遇したのは初めてだ。

「責任はとる。勇太が……」
「確かにお前の作った料理を食べてもらうとは言ったが……それに食べ物を粗末にしないという精神は理解できる……だが、やめろ。これは処分する。理由は3つある」

「その1、医療費は食費より高くつく、その2、まずい料理で舌を鈍らせるな、その3、この際だからハッキリと言わせてもらうが、これはもはや食べ物ではないからな。それよりも食材を食べ物でないものに変えてしまった行いを反省しろ。食材を無駄にしたこともだ。世界で食材は有限なんだ……その限られた食材の中で無駄なものなど作っている余裕はどこにもないのだよ。六花」

限られた時間のなか失敗の許されない戦いで最高の料理を提供するのが料理人だ。
誤って火を通しすぎれば食材は二度と元に戻すことができない。
料理の枠を外れ、選び抜いた食材から料理でないものを作り上げてしまった時、何にも代えがたい悔しさを味わうものだ。
せっかく料理を楽しみにしている人を前にして……だ。

「それに……本当にお前は彼にこの料理を食べてもらいたいと心から言えるのか?」

六花がフライパンの中身を見つめ、うつむく。

「……絶対、嫌」

そして何かを決意したように私の目を見つめる。その目に迷いはない。

「お姉ちゃん……私……料理が上手くなりたい!」
「……ん、そうか」

そうだよ、六花。これを待っていたんだ。

「上手くなって勇太に美味しいって言ってもらえるように頑張る!」

まったく、ほんとに……
愛は最高の調味料とはよく言ったものだよ……

「これはもう……まいったな」

徹底的にやるしかないじゃないか!

「最初は3日間程度で考えていたんだが……期間延長だ……2週間で基礎を身につけてもらうぞ……」
「……え? 今日だけ……じゃないの?」

意外そうな声を上げる六花。……どうして語尾の勢いが下がる?

「何を言っている? 料理が一朝一夕に上手くなるなら誰でもシェフになれる。今日はお前の決意と実力を見極めるだけだ。そこから特訓メニューを組むことになるが……もう地獄の特訓は確定だな、これからみっちりいくから覚悟するように!」
「あぅ……よろしくお願いします」

私と六花の料理特訓はまだ始まったばかりだ。
これで少しは料理上達するだろうか……してもらおう。
それに姉妹として料理を通じて何かを成し遂げるというのは悪くないものだ。

「よし、では始めるか……」

普段。無愛想だと言われる私だがこの時は笑っていたように思う。
さてさてその後、料理特訓を終えた六花が本当の家族として彼に家庭料理を振る舞うようになったのだが。
……それはまた別のお話。

END


8年後の「中二病でも恋がしたい!」
(二次制作小説)

  • エピソード1 居酒屋での語らい
  • エピソード2 厨二病の継承者
  • エピソード3 旋律のナイトシエスタ
  • エピソード4 境界線上の決闘
  • エピソード5 戦場のアルバイター
  • エピソード6 聖調理人のレゾンデートル
  • エピソード戀1 異世界からの訪問者
  • 8年後の「中二病でも恋がしたい!」設定
  • MMDでも中二病したい
  • にゃんくるオリジナル小説、二次小説一覧